american diaries: 【ナショナル・ギャラリー】#AfroAtlanticHistories

アメリカで最も権威のある美術館と言っても過言ではないワシントンD.C.にあるナショナル・ギャラリー。「アフロアトランティック史」という展示があると聞いて足を運んでみました。
あんな 2022.05.30
誰でも

こんにちは、あんなです。

先日、私はD.C.にあるナショナル・ギャラリーでAfro-Atlantic Historiesという展示を見てきました。その時の経験を皆様と共有したいと思います。

1526年にポルトガルの奴隷貿易用の船がアフリカに到着してから、1888年にブラジルが最も遅く法的に奴隷制度を廃止するまで、何億人というアフリカ人たちが大西洋を渡り白人の奴隷となっていきました。その影響は世代を超えたトラウマや今にも続く人種差別はもちろんですが、彼らが母国から持ってきた、又は生きていくために新天地で作り上げた文化やアートもその一部です。これらのアートは大変力強く、決して忘れられてはいけない事実を有形的に残しています。彼らの視点から、彼らの言葉で、彼らのアートで、事実を知ることは、非当事者として生きていくためにマストであると考えます。非人道的な扱いを受けながらも、このようなアートを残していったアフリカ人、そしてその同胞たちには頭が下がるばかりです。そしてそれは現代のアーティストたちにも受け継がれ、展示は現代のモダンアートで締めくくられています。本当に見応えのある展示なので、東海岸にお住まいの方、DCに行く予定がある方には是非足を運んでいただきたいです。(展示は2022年7月11日まで)

以下、私が特に感銘を受けた作品を紹介していきます。(展示は写真OK)

Ex-Slave Gordon, Arthur Jafa. 2017.

The Scorged Back, McPherson & Oliver. 1863.

The Scorged Back, McPherson & Oliver. 1863.

奴隷が受けた暴力を可視化する作品として有名なこちらの写真、The Scourged Back
教科書や歴史書などでご覧になったことがある方もいるのではないでしょうか。
写真に写る男性の背中は、鞭打ちでできた傷跡が痛々しく残っています。

この写真の隣に展示されていた作品がこちらです。

Ex-Slave Gordon, Arthur Jafan. 2017.

Ex-Slave Gordon, Arthur Jafan. 2017.

作品名はEx-Slave Gordon. 2017年にArthur Jafaによって作られた作品です。
Jafaはオリジナルの写真に当事者の名前の記載がないことに気づきました。反奴隷制度・黒人差別のシンボルとして使われた写真ですが、写真の中の当事者の名前はなく、またしてもその男性が「モノ」として使われてしまっているというアイロニカルな状況を払拭すべく、Jafaは自身の作品に男の名前を含みました。その名もゴードン。さらに、写真(二次元)ではなく彫刻(3次元)というメディアをチョイスすることで、傷を剥き出しにし、さらなる「人間らしさ」を目指しました。

150年以上経って、やっと彼の名前が公になった。ゴードンさんの魂がより安らかに眠られるように、と作品の前でこの一人の男性の人生を想いました。

Space to Forget, Titus Kaphar. 2014.

次に紹介する作品も、過去の写真をベースにしたものです。

Space to Forget, Titus Kaphar. 2014.

Space to Forget, Titus Kaphar. 2014.

大きなキャンパスには四つん這いになる黒人の女性。その上に馬乗りになっている人型が切り取られています。そのタイトルはSpace to Forget, 直訳すると『忘れるための空白』。
この隣の説明の欄にあるモデルとなった写真は、あまりにも不愉快でした。

モデルとなった写真。Nanny Playing with Child in Petropolis, Jorge Henrique Papf. 1899.

モデルとなった写真。Nanny Playing with Child in Petropolis, Jorge Henrique Papf. 1899.

Kapharは馬乗りになる白人の子どもを切り取り、部屋を現代風に描き変えました。
子どもは切り取られたものの、Kapharの作品の黒人女性の手には埃掃除用のはたきが握られています。現代の黒人女性もまた、白人の家で跪いているのだ、という象徴だそうです。

Her Body Sprang Their Greatest Wealth, Nona Faustine. 2013. 

Her Body Sprang Their Greatest Wealth, Nona Faustine. 2013. 

Her Body Sprang Their Greatest Wealth, Nona Faustine. 2013. 

写真中央に写る女性はノナ・フォースティン、アーティストご本人です。
この写真はニューヨーク、ウォール・ストリートの交差点で撮られました。
世界屈指の経済区であるウォール・ストリート。ニューヨークで最初に開催された奴隷市はここ、ウォール・ストリートで行われました。
ウォール・ストリートで最初にトレードされたのは株ではなく奴隷だったのです。

ニューヨークでは今でも、女性が誘拐され、売られ、殺されています。
フォースティンは過去も現代も売られ続ける女性たちと自分を重ねるためにヌードで本作を作成。黒人女性たちの体は、過去も今も白人男性の富へと変換されていくのです。

Flávio Cerqueira, Amnésia. 2015.

Flávio Cerqueira, Amnésia. 2015

Flávio Cerqueira, Amnésia. 2015

こちらの彫刻は、アフリカ系ブラジル人の少年が白いペンキを自分の体に流している様子を表しています。アフリカ系ブラジル人はブラジル人口の半分以上を占めており、世界で二番目に黒人人口が多い国です。それにも関わらず、ブラジルもまた白人至上主義の被害者であり、白人文化、そして肌の色の方が"良し"とされています。それに対するアンチテーゼとしてこの彫刻は、少年がまさに逐語的に白いペンキを体にかける様子を作り出し、白人化(branquamento)を表しています。ブラジル小説『マクアイーマ』の主人公が自由に変体できる様子へのオマージュであるかもしれません。

タイトルのAmenesiaは直訳すると健忘症(記憶障害)です。皮肉にも、少年がどれだけ努力しようと彼の肌の色は変わりません。ブラジル史的に、なぜ少年が「白人化」することを切望ようになったかを社会が忘れ去ろうとしている事実にも目を向けるタイトルです。少年は自主的に白人化することを望んだのではなく、社会規範からそう望むようになったのです。
さらに、この白いコーティングがペンキであること、つまりその白が人工的な変色であることが、彼が「真の」白人になることができないという点も表しています。彼は結局、白いペンキを被った黒人なのです。

The Black American in Search of his Identity, Romare Bearden. 1969.

Romare BeardenThe Black American in Search of his Identity, Romare Bearden. 1969.

Romare BeardenThe Black American in Search of his Identity, Romare Bearden. 1969.

こちらの作品が作成されたのは1969年。1963年にキング牧師が「私には夢がある」と語り、アフリカン・アメリカン史において怒涛の日々が続いた60年代に発表された作品です。
片手に筆を持つ左の男性は、当時の公民権運動に関する新聞の切り抜きで作られています。そして彼が見つめるその先にあるのが、有名な「ベニンの仮面」です。

Mask of Benin, 16th century.

Mask of Benin, 16th century.

ベニン王国は、現ナイジェリアに12世紀から19世紀後半まで存在していた王国で、当時作成された「ベニンの仮面」はナイジェリアでは文化の象徴として大切にされています。4つ存在する実物のうち、一つはナイジェリア国立美術館に保管されているものの、もう一つは大英博物館に保管されています。ナイジェリア政府は長年、大英博物館に返還を求めていますが、英国は拒否し続け、今もこれは叶っていません。(もう一つはニューヨークのメトロポリタン美術館に保管されており、最後の一つはイギリス人の個人宅に保管されています。)

そもそもどうして大英博物館に貯蔵されるようになったかというと、1897年にベニン市を訪れた英国軍が戦利品として勝手に英国に持ち帰ったためであり、つまりこれはナイジェリアから「盗まれた」代物です。

このように、イギリスなどに盗まれた文化的財産を元の国に戻すという努力が近年されており、UNESCOでも多く議論されている問題です。

白人によるアフリカ人、アフリカ文化、アフリカ芸術の盗用をテーマに、人権をも「盗まれた」黒人コミュニティに目を向ける作品です。

Runaways, Glenn Ligon, 1993. 

Runaways, Glenn Ligon. 1993

Runaways, Glenn Ligon. 1993

Ligonによるこちらの作品は、奴隷制度が盛んだった当時、逃げた奴隷を探す新聞広告を再現したものです。自分の友人にLigonがもしいなくなったら、彼の特徴をどのように伝えるか書いて欲しいと頼み、彼らの言葉を当時の広告に使われたイメージと合わせて作られています。

当時の広告を自分の特徴で作ることによって、当時の奴隷たちと自分を重ねます。
さらにLigonは、他者が思う自分の特徴が必ずしも自身がイメージするものとは異なる点についてもコメントしています。

 “Runaways is broadly about how an individual’s identity is inextricable from the way one is positioned in the culture, from the ways people see you, from historical and political contexts.”
「ランアウェイズは、広く個人の文化の中での位置づけ、人々の見方、歴史的・政治的文脈から、いかに切り離せないかということを表しています。」
Glenn Ligon

Untitled (I Am a Man), Glenn Ligon. 1988.

Untitled (I Am a Man), Glenn Ligon, 1988.

Untitled (I Am a Man), Glenn Ligon, 1988.

同じくLigonによる作品である、Untitled (I Am a Man).
1968年にメンフィスで実際にあった黒人の労働者によるストライキに使われたポスターをキャンバスで再現したものです。亡くなる2ヶ月前、キング牧師も参加しました。

ストライキの様子①

ストライキの様子①

ストライキの様子②

ストライキの様子②

このスローガンは、アフリカン・アメリカンの小説家であるラルフ・エリソンの『見えない人間』の一説、"I am an invisible man" (私は見えない人間である)から"invisible"をとり作られました。"Invisible"という言葉をとることで、「我々はここに存在するんだ」というメッセージを強調しました。

キャンバスの表面はあえて凸凹にしており、それらの傷はアフリカン・アメリカンの人たちの歩のトラウマや困難さを表しています。

展示を見て:

これまでアート界からも疎外されていたブラック・アート。ナショナル・ギャラリーという権威ある美術館がそれにフォーカスした展示をすることは、大きな意味を持ち、これもまたBlack Lives Matter運動の一つの勝利であると私は考えます。

これらのアートを展示することは、黒人の方々当人らのアイデンティティの肯定という大きな意義もありますが、さらに非当事者である私たちに彼らの声を届けるという大きな趣旨もあると思います。
日本ではなかなか馴染みがないブラック・カルチャーですが、数少ない機会の中で、彼らの文化が搾取されていることは多く見受けます(ヒップホップダンス大会で黒人の髪型をマネするなど)。彼らの文化を利用するだけでなく、学びに繋がるように、日本社会でも努力がなされなければいけません。

特に近年、アフリカ圏から日本への移民が増えてきました。これにより、アフリカ文化と日本文化の間に生まれる子どもたちも増えることでしょう。彼ら彼女らのためにも、アフリカ文化を学び、セレブレートすることが今後より重要になってくると思います。

私が紹介した作品はごく一部で、これ以外にも多くの素晴らしい作品が展示されていました。
もし近辺にお住まいの方は是非足を運んでみてください。今後、テキサス州・ヒューストンでも同展示がされるようです。

展示に向かえない方も、今回のNewsLetterを通じてよりブラック・アートに興味を持っていただけたら幸いです。

では皆様、良い週をお送りください。

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