金髪とモデルマイノリティ。

この夏、髪を染めてみました。
あんな 2021.06.06
誰でも

こんにちは、あんなです。

今年で27歳になった私ですが、これまで殆ど髪を染めずに生きてきました。
3度ほど染めたことはあるのですが、元の色より若干明るい茶色や、髪のトーンを変えるくらいで、友人も気づかない程度の変化でした。

これまでずっとヘアスタイルに関しては保守的だった私。
まだ読者モデルだった頃のきゃりーぱみゅぱみゅさんに憧れて、刈り上げを検討した時期もありましたが、「また伸ばしたいと思った時にめんどくさそうだな」と止まってしまいました。(今思えばやっておけばよかった!)

周りがおしゃれに芽生え髪型を変え始めた大学時代も、ブレることなく髪は黒いまま。結局、長さは多少上下するものの、これまでずっと黒髪ロング前髪無しで生きてきました。

そんな私が突如、この度金髪になりました。

金髪といっても「バレイヤージュ」という方法で、頭の天辺は地毛のまま、金髪にグラデーションしてくといった感じ。(少し保守さが出てしまいました💦)

バレイヤージュ。https://www.glamourmagazine.co.uk/gallery/ash-balayage-hair

バレイヤージュ。https://www.glamourmagazine.co.uk/gallery/ash-balayage-hair

少しだけ顔の周りも整えていただいて、カーテンバングも手に入れました。

カーテンバング。https://www.marieclaire.com.au/curtain-bangs-fringe-most-popular-hairstyle

カーテンバング。https://www.marieclaire.com.au/curtain-bangs-fringe-most-popular-hairstyle

黒髪が象徴するもの。

これまで髪を染めたがらない自分とはあまり向き合ってきませんでした。
染める方がお金がかかるし、丸顔だから暗い色の方がスッキリ見えるし、生まれ持った色が結局自分に一番似合うんだ、と自分に言い聞かせてきました。

けれど、根底には二つの原因がありました。
①"日本人らしさ"
②"良い子"であることのプレッシャー

***

①"日本人らしさ"

街を歩けば「ハーフですか?」と聞かれる私のこれまでの半生を、ニュースレターに登録してくださっている方、ツイッターでフォローしてくださっている方なら知ってくださっているかと思います。

私は自分の顔のどこが"外国人ぽい"のかがわかりません。
昔、あるクラスメイトに「でもどっからどう見ても日本人じゃないじゃん」と言われたことがあるのですが、私は自分自身の顔をみて「日本人っぽい」「外国人っぽい」と判断することができないのです。私の顔は、私の顔にしか見えない。

「日本人」と一言に言っても、色んな顔のタイプがあり、例えば二重や鼻が高い人だっているのに、どうして私の場合は「顔が濃い日本人」ではなく「外国人」と判断されてしまうのか、未だに「ここが理由です」といったような顔のパーツはわかりません。

そんな中、"色"はわかりやすい判断要素でした。
私の場合、髪も瞳も黒色です。すなわち"日本人っぽい"要素だと私は判断しました。

毎日外国人扱いされる中、せめて髪だけでも、せめて後ろ姿だけでも、受け入れられたいと思っていたのかもしれません。
とにかく私にとって髪を染めることは、さらに日本社会から疎外される要因を自ら作りにいくようなものでした。

"日本人らしさ"という、説明できるようでできないフワフワしたものに長年縛られていたのです。実際"日本人らしさ"とは社会的に構成されたもの。そんなものは存在しないのです。頭ではそうわかっていても、10代・20代前半の私はそれを振り切る勇気がありませんでした。私にとって黒髪は、単なる遺伝子的な偶然に止まらず、空から垂れる一本の蜘蛛の糸だったのです。

②"良い子"であること。

私は幼いころから「良い子だね」と言われて育ちました。
一人っ子の時期が長かったからか、大人といる時間が多く、随分とませた子どもでした。祖父母に厳しくしつけられたマナーや言葉遣いが功を奏し、典型的な「良い子」として育ちました。

そのうち、この「良い子」であることがアイデンティティの一部になっていったのです。

祖父母は私を守るためにやっていた教育法ですが、当時はよく「日本人よりも日本人らしくありなさい」と言われていました。

良い子であれば「外国人性」を指摘されない。外国人性の指摘は親に迷惑がかかること、且つ日本人の家族と自分の間に距離を生むこと。
日本社会に受け入れられるためには「良い子」でなければならなかったのです。
「悪い子」になった瞬間に、私は「外国人」になってしまうから。

そしてここでも髪色は大きな意味を持っていました。
髪を染めるなんて、「悪い子」がやること。特に金髪なんて、もう不良の粋。

私がそんなことをやったら一瞬で切り捨てられる。そう思っていました。

***

正直、髪をここまで明るくできたのは日本にいないからという点は大きいと思います。
周りが自由に赤や緑やオレンジに髪を染めている中、ブロンドなんてむしろコンサバティブなチョイスです。けれど、今までできなかったことができるようになったのは、私の中でも成長があったからなのではないかと思います。

社会学者のニラ・ユヴァイルデイビスはアイデンティティの二つの矢印を指摘しています。Identity(自分が自分をどう判断するか)とPolitics of Identity(国や団体がその個人をどう判断するか)です。この二つの矢印が真ん中で合って初めて、人はBelong(属す)していると感じます。

あんな作。

あんな作。

私はこれまで外からどう判断されるかに囚われすぎていました。
もちろん、それを完全に無視することはできません。ミックスルーツや外国人の社会的な受け入れ態勢を日本は今後も整えていく必要があります。

けれども、私はそのためにIdentityを殺し続けていたのです。

今でも「自分が何者なのか」が全くわかりません。
周りに合わせて、自分が何を求められているかに過敏になり、それに合わせてその場その場で自分を作ってきた私は、いざ一人になった時に「自分」というものを形成する要素が見えないのです。

それをやっと今、探し始めるための精神的な土台ができたのだと思います。

ただ髪を染めただけで何を大袈裟な、と思われるかもしれませんが、私からしたらとても隠喩的な行動だったのです。

もし今、自由に自分を表現できないと思っている方がいるのなら、これを機に一度挑戦してみて欲しいです。やってしまえば、以外とどうってことなかったりして。

鏡の中の新しい自分にまだ目が慣れませんが、なんだか気持ちはすっきりとしています。

***
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余談:

ロックダウン後の予約戦争を勝ち抜いて約1年ぶりに美容室の予約が取れたのですが、UKのサロンは初めて!気づいた違いもいくつかありました。

①洗髪の際の椅子、普通の椅子。

身長が低い私は少し首を伸ばさないと洗髪台に頭を載せられませんでした。
日本のような自動の椅子があるサロンもあるのでしょうが、私がお邪魔したところにはありませんでした。

②インフォームドコンセントがすごい。

何をするにも全て説明し(ブリーチの塗り方やかかる時間など)、「途中で何か嫌なことがあったらすぐに止めるから言ってね!」と声かけをしてくださいました。初めての金髪でナーバスだった私ですが、全ての工程を理解することで安心することができました。

日本では緊張してしまう美容室ですが、リラックスして髪を切ることができました。日本だとなんだか、「私ここにいて大丈夫かな。。」「おしゃれしてないけどいいのかな。。」と思ってしまうのですが、私が今回行ったサロンではありのままの自分でOKな気持ちになりました。

美容師さんの話術に感謝です。

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