"Male Gaze"/"Female Gaze" ー 男性的眼差し・女性的眼差し

Male GazeとFemale Gazeを考えてみる。
あんな 2021.08.20
誰でも

こんにちは、あんなです。
最近英語圏のSNSでとても興味深い概念がポピュラーになってきているのでご紹介しようと思います。

Male Gaze (Written by men) - 男性的眼差し
Female Gaze (Written by women) - 女性的眼差し

この言葉組みを、日本のみなさまにも是非考えてみて頂きたいです。

Male Gaze:

この男性的眼差しの概念、フェミニズム的映画理論の観点から、学者であり映画監督であるローラ・マルヴィによって造られた言葉です。初めてその言葉が紹介されたのは、彼女の1975年に出版されたエッセイ、"Visual Pleasure and Narrative Cinema"の中ででした。

サロヴァトーレ・ダリ ー『アンダルシアの犬』男性が女性の眼を切り取るシーン。

サロヴァトーレ・ダリ ー『アンダルシアの犬』男性が女性の眼を切り取るシーン。


同著でマルヴィは男性的眼差しを以下のように書いています。

...pleasure in looking has been split between active/male and passive/female. The determining male gaze projects its fantasy onto the female figure, which is styled accordingly. In their traditional exhibitionist role women are simultaneously looked at and displayed, with their appearance coded for strong visual erotic impacts so that they can be said to connote to-be-looked-at-ness

見ることの喜びは、能動的/男性と受動的/女性の間で分割されています。 決定権を持つ男性の視線は、そのファンタジーを女性の姿に投影し、それに応じてキャラクターが設定されます。 受け継がれた女性の顕示的役割では、女性は同時に見られるものであり、表示されるもの。それに影響され彼女らの外観は強い視覚的なエロティックなものとコード化されていることから、彼女たちは「見られるべき存在」であることを暗示していると言えます。(訳:あんな)

Laura Mulvey. Visual Pleasure and Narrative Cinema, 1975. 

要約すると、男性的眼差し論(Male Gaze Theory)とは、メディアにおける女性がヘテロセクシャル男性の目線から描かれ、彼女たちは男性の欲望に対して受動的な"モノ"として提示されており、オーディエンスが女性であれ、女性を性の対象としていない男性であっても、ヘテロセクシャル男性の目線から女性を見せられることを指しています。

マリリン・モンロー。七年目の浮気より。

マリリン・モンロー。七年目の浮気より。

メーガン・フォックス。トランスフォーマーより。

メーガン・フォックス。トランスフォーマーより。

映画やメディアにおけるMale Gazeの例としては以下のようなものがあります:

・不必要な女性のヌード。
・女性の身体に沿って、ゆっくりと撮る。
・シーンに対して、不適切にタイトであったり露出が多い服装を着ている。多くの場合、同じシーンにいる男性は"普通"の格好をしている。
(ジャングルに行くのになぜかビキニトップにミニスカート、など)
・カメラのフレームの撮り方として、表情だけでなく谷間も含めて撮る。
・女性の体を小道具的に扱う。
・男性主人公に対して、女性のキャラクターが性的な役割しか果たしていない。

このように、我々はただ見ているだけではMale Gazeの影響に気付けず、もう既にその異常性に気づくことができないようにコンディションされてしまっている状態です。

ウォッチメンに登場するローリー。

ウォッチメンに登場するローリー。

この男性的眼差しの影響は3つの視点に分けることができます。

  • 男性の女性の見方。

  • 女性の自身の見方。

  • 女性の他の女性の見方。

1. 男性の女性の見方:
Male Gazeによって、女性は「見る対象」であり、つまり女性を見る対象に弱体化させることが肯定されています。さらには、女性を「ジャッジ」するのも男性であり、これも肯定されてしまっています。女性を性的に・モノとして見る権限があるというような錯覚を起こしてしまいます。
「美人市長」「美しすぎる囲碁棋士」「〇〇なのに綺麗」など、女性が何かを成し遂げた際に必ず彼女の容姿がジャッジされることなどがこれの現れです。

2. 女性の自身の見方:
ある意味、私は1よりも2の方が深刻なのではないかと考える側面もあります。

Male Gazeに毒されているのは男性だけではありません。女性をも、それを内在化してしまっているのです。それによって例えば自分の体に対してコンプレックスを抱いてします。摂食障害患者のうち、9割が女性だと言われています。(→『拒食症・過食症の治し方がわかる本』)私が住むイギリスではボディポジティブのメッセージがだいぶ浸透していますが、日本では未だ、「他者から見られる自分の体」に悩まされている女性が多いと見受けます。

男性と恋愛関係に至るには、自分に(Male Gaze的な)性的なバリューがなければならないと思ってしまったり。自分の性と向き合い探究する前に、自らの性が自分のものではなく、男性のものであると思ってしまっている女性は少なくないのではないでしょうか。それによって、「自分はこうしたい」ではなく「彼はこうしたい」が優先されてしまっているかもしれません。私を含め、男性的眼差しが当たり前とされてきた社会に生きている全ての人が、このような「見方」をUnlearn(学びを解いていく)する必要があるのです。

ボディポジティビティを推奨しているモデルの Iskra Lawrenceさん。

ボディポジティビティを推奨しているモデルの Iskra Lawrenceさん。

3. 女性の他の女性の見方
女性に内在化されているMale Gazeは自身の見方のみならず、他の女性の見方をも影響してしまいます。「〇〇さん、あとちょっとだけ痩せたらかわいいのに。」「もうちょっとおしゃれしたらいいのに。」など、女性を「見る」ものとしてしまっています。女性を「見る」モノとしてジャッジしてしまっている自分がいたら、ふと足を止めてみて欲しいです。

男性的眼差しは映画理論を超えて、上記の3つの視点から我々の生活にも影響を与えています。それぞれの視点から女性のモノ化を助長しているのです。

Female Gaze:

そして男性的眼差しに対して反動的に登場したのが女性的眼差しです。男性によって"モノ"として描かれていた女性が、女性の眼差しにより"ヒト"として、能動的に描かれます。

マルヴィは「女性は意味を運ぶ存在であり、意味を生み出す存在として描かれていない」と書きました。女性的眼差しによって作られた作品は、女性が「意味を生み出す存在」として登場します。

"Sometimes I am gazing, sometimes I am moving, sometimes I am swooning with discovery, always I am searching."

私は時に見つめ、時に動き、時に新しい発見に心踊らせ、常に探究している。(訳:あんな)
キルステン・ジョンソン

未だに「カメラウーマン」という言葉が耳慣れないことからも観察されるように、映画界はまだ男性がメガフォンを握ることが圧倒的に多いです。しかし、だからこそ「女性」の写され方は限定的で、差別的で、モノ的なままでした。

近年やっとこの問題が注目されるようになり、上記にあげた男性的眼差しの3つの影響を少しずつ溶かす作業が始まりました。

Female Gazeの例として挙げられることが多い『燃ゆる女の肖像』

Female Gazeの例として挙げられることが多い『燃ゆる女の肖像』

Male GazeとFemale Gazeの比較:

そもそもこの記事を書こうと思ったのも、とても興味深い比較を耳にしたからです。
マイティーソーの映画をご覧になったことはあるでしょうか。人気のアベンジャーズシリーズの中に登場する、神の国アスガルドの第一王子、ソーを主人公とするお話です。

マイティソーに登場する王子の兄弟、ソー(長男)とロキ(次男)。
私が耳にしたのは「男性は、女性にモテる男性はソーだと思っている。ブロンドで、背が高くて、マッチョで正義。けれども、実際に女性が魅力を感じるのはロキ。」というものです。

左:ソー 右:ロキ

左:ソー 右:ロキ

ソーはアメコミ的スーパーヒーロー要素を全て持っています。男性が想像する、モテる男です。つまり、Male Gazeによって描かれたヒーローです。けれども実際は、トム・ヒドルストン演じるロキの方が女性ファンが多い。

もしかしたら同じような現象はこれまでにも起こっていたのでしょうが、認識できなかったのかもしれません。私がこう思うのも、よく聞くあのフレーズを思い出すからです。

「女性は不良に惹かれる。」ー "Women like Bad Boys."

このフレーズ自体が、male gazeなのではないかと思いました。
実際、ロキは"悪役"です。けれども、女性ファンはロキが「悪い」から惹かれているのではありません。彼の繊細さ、感情的・人間的な部分に惹かれているのです。ロキに比べてソーは(少なくともマイティ・ソーでは)そのような人間の不完全さを表す側面は少ないです。彼の相手は「悪」であり、正義のつるぎを振りかざします。

「ヒーロー」であることが主題であるソーは、その中にある人が当たり前に持つ繊細さや感情がロキほど描かれていません。ロキは自分と家族との関係性や、自分の運命など、己との葛藤が表されています。そのVulnerability (脆弱性)が結果的に魅力的に映ったのだと思います。けれども男性はその全てを見ずに、「悪い男が好き」という結論をつけてしまう。

つまり、「女性が思う魅力的な男性はソー(的な男性)だ。」というのがMale Gazeです。それに対して、実際Female Gazeからして魅力的だとされるのはロキ(的な男性)なのです。けれどもそれに対して「ロキの人気は、女性は"悪い男"を好むからだ」と短絡化するのも、またMale Gazeなのです。

***

女性がモノ化され、「見られる対象」として描かれたMale Gaze的作品では、「女性が魅力的に感じる男性像」すらも、男性が考えるものが描かれていました。そしてその価値観が一般世間に降り、「どうせ女は〇〇のような男が好きなんだろ」という決めつけや、「〇〇が人気なのは〇〇だからだろ」などと、その理由までが男性によって語られている。そしてさらに悪循環なのが、男性が「男性が思う魅力的な男性」を目指すことから、さらに二つの目線が重なる点から離れていっているように見えます。

ですが、今どんどんとメガフォンを握る女性が増え、そうではない、よりオーセンティックで多様性がある女性の表し方、感じ方が増えてきているな、と肌で感じています。Male Gazeが一般に降りてきたように、今度はFemale Gazeが一般的に広がることを期待しています。

***
読んでくれてありがとにゃ! <a href="https://twitter.com/search?q=%23%E4%BB%8A%E6%97%A5%E3%81%AE%E5%90%BE%E8%BC%A9&src=typed_query">#今日の吾輩</a>

読んでくれてありがとにゃ! #今日の吾輩

参考サイト:

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