Cine-File Vol.7 - Men
アレックス・ガーランド監督、その名も「男」。
みなさん、こんにちは。あんなです。
ホラー映画が苦手な私ですが、本作は紹介せざるを得ない作品。
ホラー映画の主題はまさに、「男」です。
今回のCine-Fileはアレックス・ガーランド監督の "Men"を紹介します。
映画 MEN ポスター
あらすじ:
元夫とのトラウマを癒すために、主人公のハーパーは、イギリスの田舎町にあるコテージを二週間借りることにしました。住まいのロンドンから片道4時間、理想通りのコテージに胸を躍らすハーパー。到着すると、ちょっと変わった管理人のジェフリーが家を案内してくれます。
「小さな街ですが、あそこに教会もあるし、パブもある。自然の中を散歩して、楽しんでください。」
「本当に一人で大丈夫なの?私も行こうか?」と心配する親友の申し出をきっぱりと断り、ハーパーはいざ森の中に散歩へ。美しい緑に囲まれて、やっと休める時がきたと思ったハーパーだが、森の中に真っ裸で立つ変質者が。
これを機に少しずつ村の男たちの異様さに気付きだすハーパー。
全員同じ顔をしている街の男たち。
癒しの旅は急変。ハーパーはこの奇妙な街から逃げ出すことができるのか。
あんなの考察:以下ネタバレ注意
ガーランドはインタビューで、今作は "very much about how you're feeling about something" つまり、ホラーを"感じる"映画だと言っています。
以下でも説明するように、本作に登場する男たちは、夫以外全員同じ顔をしています。
これはNot all menに対するカウンターであると考えます。「男は全員そうじゃない」というけれど、この村の同じ顔をした男たちは全員ハーパーに恐怖を抱かせます。
まずは管理人のジェフリー。一見フレンドリーな管理人ですが、バスルームに案内した時にいきなり「生理用品を流さないようにと女性には言うようにしてるんです」と話したり、自分で持つと言っている荷物を無理やり持ったり、後に自分で払うと言っているのにバーのお酒を奢ったりと、「名のつかないセクハラ」を重ねていきます。ハーパーも、困惑しながらも、「悪気は無いんだ」と違和感を飲み込みます。友人には「すごく変わった人なんだよね」と伝えるものの、強く彼の"好意"を避難することはできません。
次に登場する男は「謎の裸男」です。
コテージに付き、一人散歩に出かけるハーパー。とても気持ち良い緑と風の中、ウキウキしながら森を進みます。その先には古いトンネルが。声を出すと音がひびきます。
楽しくなってトンネルの中で歌ってみるハーパー。けれど、ふとその先をみると人影が。そしてなんとその人影がハーパー目掛けてダッシュしてくるのです。怖くなって一目散にトンネルを去るハーパー。走って逃げた先の草原で、友人に電話をかけている中、真っ裸の男が視線の先に立っています。またもや早歩きで家に帰るハーパー。家の中に入りやっと安全かと思いきや、なんとその裸男が家までついてきて、家の中に入ろうとします。
警察を呼び、裸男は逮捕されます。
気を取り直してハーパーは街に繰り出します。
小さなイギリスの田舎の可愛い街。街の中心には教会があります。
教会の中に入ってみるハーパー。夫の死がフラッシュバックします。
夫が亡くなったあの日。離婚を切り出したハーパーに激昂し、「自殺してやる!」と脅した夫。喧嘩の途中でなんとハーパーに手をあげました。「出て行って!」と泣きながら叫ぶハーパーに家を追い出されたのち、夫は屋上から飛び降りて亡くなりました。
教会の外に出てみると少年が。
「一緒に遊ぼうよ」と言うけれど、ハーパーは断ります。
すると「ビッチが」と暴言を吐き捨てて去っていきます。(ちょっとコミカルなシーン)
そこに神父が登場。
その子を叱り「ごめんなさいね、色々と問題を抱えている子で」とハーパーに笑かけます。
「教会の中で、あなたは祈っていたようだけど、何か私に手伝えることはありますか?」と問われたハーパー。意を決して夫の死と、その理由を神父に伝えます。真剣に話を聞いている感じの神父ですが、その最中にハーパーの太腿に手を伸ばします。慰めているようでも、あまりに不適切な位置。困惑しながらもそれを指摘しないハーパー。
話を一通り聴き終わった神父は次の言葉を吐きます。
「それはあなたが悪い。どうして離婚なんか切り出したんですか?」
「え?」と耳を疑うハーパー。「どうして家から追い出したんです?もう一度チャンスをあげれば彼は今も生きていたでしょう。」
「彼は私を打ったんですよ?」と怒るハーパー。「確かに良いことではないけれど、男なんだから女を打つことくらいありますよ」と答える神父。
またもや嫌な男に遭遇し、ハーパーはそこを去ります。
酒でも飲もうとパブに向かうハーパー。そこにはジェフリーと裸男を逮捕した警官が。
無理やり奢るジェフリー。居心地は良くないものの、神父との会話を消化したいハーパー。
お酒を手に、警官に話しかけます。
「先日はありがとう。逮捕してくれて安心した。」
「いえいえ、仕事をしたまでです。」と答える警官。「彼は先ほど解放されましたけどね。」
「え?なんでですか?」と目を丸くするハーパー。
「まぁ、見るからにホームレスでしたし、逮捕も抵抗しませんでしたし。彼も反省してますよ。」と酒を口に運ぶ警官。「彼は裸で私をストーキングしたんですよ?」と声を上げるハーパー。「どうしてストーキングだと思うんですか?」「二回も見たからです。全く別の場所で。私の家まで侵入しようとしたんですよ?」
「んー。」考える警官。「三回目見たらまたご連絡ください!」
怒りとともにパブをあとにするハーパー。
一人、夜、コテージまで徒歩。裸男は解放されている。
けれどパブには戻れません。もちろん教会にも。
小走りでコテージまで戻るハーパー。あの小走り、誰もがしたことありますよね。
ジェフリー=名のつかないセクハラ
裸男=露出狂・ストーカー
警官=(特に警察による)性被害の矮小化
神父=キリスト教会の性加害、ビクティムブレイミング
子ども=幼い頃からのミソジニー
バーの男たち=バイスタンダー
夫=モラルハラスメント
このように、登場する全ての男性キャラクターが女性が経験する被害を表しています。
エンディング:
コテージの中に次々とこれまで登場してきた男たちが入ってきてハーパーを襲います。
最も象徴的なのが、神父がハーパーをレイプしようとするシーン。
「処女を失ったのはいつだい?」
「君が私を興奮させたのが悪いんだよ。」
と彼女に詰め寄ります。
全体的に聖書に対する言及が多い作品なので、キリスト教会による性加害に対する批判の念が強いのだと思います(映画序盤、ハーパーがイブの如くリンゴの木からリンゴを食べるシーンがあります)。
村の男たち全員が登場します。誰もが彼女を攻撃します。
そして最後、男性の体から次々に男性が生まれるシーンがあります。(言葉ではうまく表せないので是非劇場で!)
つまり、「性差別の再生産」が表されていますね。
最後、彼らの攻撃からなんとか生き残れたハーパー。
心配した友人がロンドンから車を走らせコテージに登場します。
友人は妊娠しています。そしてハーパーは彼女に微笑みかけ、映画は終了。
ここは解釈の余地がありますが、つまり彼女は男たちに打ち勝ち、友人の妊娠は未来を表しています。「男たちの出産」に打ち勝ったハーパーですので、おそらく友人は女児を妊娠しているのではないかと想像します。つまり、未来の女の子たちのために安全な社会を作っていこう、というメッセージで締め括られているのではないでしょうか。
この映画、日本のシスへ男性が見たらどう思うのだろうととても不思議です。
この映画で感じる「不気味さ」や「恐怖」はつまり女性が日頃から感じている感情を作り出すために監督が演出したものです。自分が本作を見て「気持ち悪!」「こわ!」「嘘だろ…」と感じたことを、隣に座っている女性は日々感じているし、なんなら自分も村の男たちと同じことをしているかもしれないのです。
監督がこれを「感じる」映画だと言ったのは、つまりこの恐怖を男性に感じさせるための作品ではないかと考察します。
この恐怖心こそが、女性にとってのノーマルなんだと。
実際、女性として社会に生きる私が本作を見て、「あるある」と思う部分は多いのです。
私たちの生活がホラー映画の題材になってしまう。そしてそのタイトルがまさに「MEN(男たち)」という、なんともクレバーな作品であると感じました。
村の最悪男たちを一人で演じたロリー・キニアの演技も圧巻でした。あそこまで「キモ」を演出できるのも才能です…
ロリー・キニアが演じたキャラクターの一部。
普段のロリー・キニア
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